エリザベス・キューブラー・ロス・センター "Japan Chapter"
開設のことば

 この度、日本におけるエリザベス・キューブラー・ロスセンター(EKRセンター)を開設いたしました。
 多くの方々は、“死ぬ瞬間”の著者であるキューブラー・ロス博士の名前を聞くと、すぐ“死”あるいは“死の五段階”に結びつけてしまわれるのではないでしょうか。しかし、私は、博士の哲学の中に、むしろ、“生”あるいは“生きること”を強く感じており、かねてから、臨床の現場でその哲学を実践する空間の設立をと願い続けて参りました。1998年頃より、不思議なご縁から博士と定期的にお目にかかるようになり、遂に2001年7月8日、当センターの設立が実現したという次第です。設立に先立ち、博士のご子息ケネス・ロス氏がご来日下さり、正式な認定証明書を手渡しで頂戴いたしました。
 現在のキューブラー・ロス博士の近況は、1995年の重なる不幸から立ち直られて、当センター設立の日、生まれ故郷のスイスで、有名な“三つ子姉妹”が集合して73歳のお誕生祝いを迎えられる程お元気になられています。
 さて、私自身の臨床の現場について少々お話を…。当インターナショナル・メディカル・クロッシング・オフィスは1987年に開業いたしました。“メディカルクロッシング”すなわち“医療の交差点”としての理念は下記のようなものです。@各分野の医師が超空間的に交流A在日外国人、海外在住日本人への対応B西洋医学と東洋医学の併用C受診者と筆者の運命共同体としての心の交流。
 子育て女医として、町の臨床医としての現場は“孟母三遷”ではないけれど、2001年を機に三度目の移転を完了し、診療内容もかなり多様化して参りました。婦人科が専門ということで、開業当初は受診者の殆どが女性だったのが、いつの間にか健康全般をご相談下さる男性受診者も増加し、この頃は“婦人科医”ならぬ“個人医(筆者造語)”と自称しいます。また、診療内容も一般的臨床のみにとどまらず、いわゆるDomestic Violenceの駆込寺として、摂食障害児や不登校児の一時避難所的役割を果たすこともあります。
 エリザベス・キューブラー・ロス博士の人生を通して、“人生には何の不思議もなければ「偶然」もない。全て起こるべくして起こる「当然」であり「必然」である”ということを私は学びました。皆様はどうお感じになられるでしょう…。                    
インターナショナル・メディカル・クロッシング・オフィス院長 堂園凉子