埋葬の日(現地9月5日)のScottsdale(Arizona)の朝は、ひときわ澄んだ青空で明けました。
私は、EKRセンターオランダ支部の代表と一緒の車で、墓地に向かいましたが、こうして世界中のEKRセンターの関係者と直接出会う機会をエリザベスキューブラーロス先生が作ってくださっていると思わずにはいられませんでした。
墓地はParadise Memorial Gardensという名称で、先生が永眠(死ではなく)なさるにぴったりの環境、後方は砂漠特有の赤茶けた山に囲まれ、前面芝生の墓地には、故人名とその方の生年月日と他界なさった年月日が書かれた銀色のプレート(60X90cm)が、芝生の中に埋め込まれています。
墓地中央部に、まるでピクニックでもやっている会場のごとく、両隅に風船がつけられた天とが設置され、その下に人々が集合。
テント前方に、ひまわりを中心にした明るい色の花のアレンジメントが置かれた先生のお棺(実にシンプルなパイン材、先生らしい!)、その更に向こうには、白鳥が泳ぐ小池と、まるでモネの絵にでもありそうな光景。
集う人々は肩を丸出しのファッション、アロハシャツ、半ズボン、花柄のロングワンピース等々。ここでも、又悲しみというよりは、いよいよ先生を、ことにこの2、3年「行きたい、行きたい」と切望していらした所へ羽ばたかれる歴史的な時をお祝いさせていただくという雰囲気の方が溢れておりました。
式は、ユダヤ教の司祭(Rabbi)が進行役で、先生と非常に親しかったNative American(インディアン)の女性"Bluebird"がインディアンの伝統にのっとったお清めの儀式、続いて、ユダヤ教のお祈り、チベット仏教のリンポチェの友人としての挨拶とお経と、これ又先生らしく、全ゆる宗教の祝福を受けて、滞りなく進行するはずでしたが………
1)Bluebirdがインディアン式儀式の最中、笛を吹いたところ、その笛の音に合わせて、何とアヒルや鵞鳥の群れが寄ってきて、"グワッ"といっせいに唱和。
2)式の途中、テント左端中央付近に座っていた女性(Kenがオーストラリアのお母さんと慕う方。EKRセンターオーストラリア代表:お清めディナーの写真をご参照下さい)が突然失神。(恐らく暑さとストレスと過喚器症候群もどきの合併)、以前から先生と親交がおありで、とるものとりあえず日本からアリゾナへ飛んでいらした布施医師(EKRセンター日本支部認証式にも御参列下さいました)と私で、救急隊が来るまで応急処置というハプニング。
口々に"この3日間が余りにも順調過ぎるので、何も起きないはずはないと思っていたら、やはり案の定。これはきっとエリザベスが最後の最後に仕組んだ悪戯:イダスに違いない"というのが参列者一堂の一致した見解となりました。(続く) |
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EKR Center日本支部代表 堂園凉子
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